いさ走る(主張・メディア掲載)

2017.04.19 「テロ等準備罪」法案への誤解に対する反論

「テロ等準備罪」について、なぜ必要か、どういった法案なのかについて、国会で地に足をつけて議論する必要があると思います。しかし残念ながら、野党の質問や、一部メディアの報道を見ていると、「日本はこれから監視社会になる」とか、あるいは「戦前の治安維持法の復活だ」などといった、全く的外れな指摘がなされており、国民の皆さんの誤解を生み、むやみに不安を駆り立てていると思っています。

このブログでは、法案自体の説明は最小限にとどめ、そうした誤解への反論を中心にまとめてみました。ご参考になれば幸いです。

 

Ⅰ.世界に迫られる日本の「テロ対策」

最近の北朝鮮の動きや、多発するテロなど、日本を取り巻く環境はますます厳しくなっています。日本が直面する脅威としては、北朝鮮の「ミサイル」と、日本がすでに標的として名指しされてしまった「テロ」です。「ミサイル」については、一昨年の平和安全法制において、米国との間で協力して対応できる体制をつくりました。ところが、「テロ」については、国際的に重要な条約を、日本はまだ締結できていません。

この条約は、「国際組織犯罪防止条約(TOC条約)」といって、世界の187か国・地域が締結していますが、わずか11か国だけがまだ、国内の制度が不十分なために締結できていません。その一つが、日本です。(北朝鮮すら締結しています。)

この条約が締結されれば、テロ対策のため、各国の警察や捜査機関同士の協力が進みます。日常的に情報交換も進むでしょう。2020年のオリンピック・パラリンピックを控えて、しっかりと国内の制度をととのえ、各国と協力してテロ対策を進めていく必要があります。

よくある誤解① 「テロ」のためというけど、TOC条約はテロ対策のための条約じゃないでしょ!

これはおそらく、「国際組織犯罪防止条約(TOC条約)」は、国際的な「犯罪」を防止する条約であって、「テロ」じゃない、という誤解からきているのでしょう。

日本が締結している、「テロ」を防止する条約として外務省HP(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/terro/kyoryoku_04.html)では、13の条約を紹介しています。そこには、「核テロリズム防止条約」といったわかりやすいものもあれば、「海洋航行不法行為防止条約」や「国家代表等犯罪防止処罰条約」など、「テロ」をそれぞれの角度から防ぐための条約もあります。TOC条約は、「テロ」の資金源を断つという意味で、「テロ」の防止にとって重要な一つの条約です。

実際に、国連総会決議55/25(2000年)では、「すべての国に対し、(TOC条約で防止する)国際組織犯罪とテロ活動のつながりを認識すること~適用することを要請」すると宣言されています。また国連安保理決議第2195号(2014年)でも、TOC条約を「優先的に批准し、加入し、実施することを要請」すると明記されています。

「テロ」対策として必要だと国連も認めるTOC条約を、世界のほとんどの国が締結する中、日本はまだ締結できていません。2014年6月には、テロ資金供与対策を協議する政府間会合(FATF)で日本が名指しで、TOC条約締結に必要な国内法の整備を行うよう勧告されました。全くの、異例の勧告でした。「テロ」が活発化する中、日本が他の国と同様にしっかりと国内法を整備して、世界と協力してテロ対策を行っていくことが、国際社会からも強く求められています。

 

Ⅱ.「共謀罪」との違い

今回の「テロ等準備罪」は、「共謀罪」とは異なります。ところが野党の皆さんは、過去3回も廃案になった「共謀罪」をまた持ち出すのか!と批判しています。某全国紙は1面で、「我々は「共謀罪」と呼び続ける」との異例の宣言をされています。残念ながらそこに、大きな事実誤認があります。

 

かつての「共謀罪」も、組織的な犯罪が対象なので、一般人が対象にはなっていません。しかし、犯罪の「合意」、つまり心の中で示し合わせた「共謀」で罰せられます。

一方、今回の「テロ等準備罪」は、単なる罪を犯そうという「合意」だけでは、罰することができません。「テロ等準備罪」では、その犯罪のための具体的な「準備行為」が必要になります。たとえば、実際に凶器を購入しただとか、現場の下見を行っているだとか、何か行為をして初めて、罰することができます。内心の「合意」で罰せられる「共謀罪」と、具体的な「準備行為」に踏み込まないと罰せられない「テロ等準備罪」は、異なるものです。

もう一つの大きな違いは、犯罪を行う組織が、「組織的犯罪集団」でないといけないという点です。「共謀罪」では、単なる組織でよかったものが、今回の「テロ等準備罪」では、重大な犯罪を起こすために存在している集団でなければ、処罰の対象になりません。だから、通常の民間団体、サークル、労働組合や、国会前でデモを行う集団などは、処罰の対象には入りません。あくまで「テロ等準備罪」の対象となるのは、テロ組織はもちろんのこと、暴力団、麻薬密売組織や振り込め詐欺集団といった集団でなければなりません。

 

ちなみに、TOC条約で書かれている基本は、内心の「合意」だけでも罰することができる、かつての「共謀罪」に近いものです。実はそれが、国際的に認められているスタンダードです。今回の「テロ等準備罪」では、更に「準備行為」が必要なこと、「組織的犯罪集団」でないといけないことといった上記の二つの条件を、あえて厳しく世界水準の上に付け加えました。ここまで厳しく条件をかけているのは、日本だけです。単純比較はできないものの、TOC条約を締結している187か国の中で、最も抑制的なかたちで国内法にしているのは、日本だと言えるでしょう

 

念のため申し上げると、「3回も廃案になった共謀罪」といいますが、そのうち2回は衆議院の解散による廃案でした。残り1回は、民主党が提案した修正案を与党が「丸のみ」したにもかかわらず、なぜかひっくりかえされた2006年6月、小沢一郎党首の時代でした。

 

よくある誤解② 一般市民も、警察の監視の対象になると聞きましたが。。。

まず、サークルやデモ行進や、あるいは労働組合といった一般の団体や、一般市民の皆さんは、そもそも処罰の対象ではありません。あくまで、犯罪行為を何度も繰り返しており(「反復継続」)、しかも重大な犯罪(4年以上の懲役となる犯罪)を実行するために集まった集団でなければ、この取り締まりの対象となる「組織的犯罪集団」とはなりません。

だから実は、たとえ脱税を繰り返している会社であったとしても、その会社の目的は「重大な犯罪」でなくって(脱税をしてでも)「儲ける」ことにあるために、「組織的犯罪集団」になりません。犯罪を繰り返していたとしても、この法律の対象にはなりません。

 

そのうえで、野党の皆さんが指摘をするのは、上記のような普通の団体が、「一変」した場合はどうなるのか、です。ある宗教団体が、本来は人々の幸せのために集まっていた。ところが、ある瞬間に「一変」して、急にサリンの製造を始めて、国家転覆を目指してテロを企てた場合。普通の団体であっても、組織の性格が「一変」した宗教団体は、当然「組織的犯罪集団」となります。テロに動き始めた段階で、この法律で取り締まります。

野党の方々が言うのは、「どんな団体だって「一変」して処罰の対象になるのであれば、「一変」をつかむために普段から一般市民が監視されるのではないか」という指摘です。

この点は、何度も政府の国会答弁で否定されています。今回の法案によって、常時から警察が、例えば一般人へのネット監視ができるようになったり、盗聴が可能となったりということは、ありません。「テロ等準備罪」の取り締まりのために、今までを越えるような捜査手法を認めるとは、どこにも書かれていません。「テロ等準備罪」もほかの犯罪捜査と同様、捜査機関が犯罪の「嫌疑」があると認めた場合でなければ、捜査を開始することはできません。「嫌疑」の前の段階で、日常的に捜査の対象にはなることはあり得ません。

 

実はこの考え方は、民進党は理解しているはずです。なぜなら、「一変」した組織も犯罪の対象とするよう指摘をしていたのは、もともと民主党だったからです!

平成18年の第164回国会で、民主党が修正案を提出した際の国会答弁をそのまま引用します。

「団体が当初正当な目的で結成されたとしても、その団体の性質が一変して、その主たる活動が重大な犯罪等を実行することにある団体ということになれば、共謀罪の適用対象とされる

良識あるかつての民主党の皆さんが、一般市民を「監視」しようとして修正案を提出したとは思えませんし、そうでないなら、ご理解を頂けるはずです。そうでないなら、この点についてご説明を頂いたいと思います。

このように、一般人が監視対象になるというのは、全くの間違いです。「一億総監視社会」なる言葉も叫ばれていますが、果たして一億人を監視するためにどれほどのマンパワーやコストが必要になるでしょう。そう考えただけでも、いかに非現実的な指摘かがわかります。こうした不安ばかりをあおるような議論をするのではなく、法案の中身を詰め、さらに良いものにしていく審議が必要だと思います。

 

Ⅲ.「テロ等準備罪」の犯罪

では、どのような犯罪が「テロ等準備罪」となるでしょうか。

これまで申し上げたように、「組織的犯罪集団」が行う、懲役4年以上の「重大な犯罪」の「準備」に限られています。具体的には、「組織的な殺人」や「建造物の放火」、「毒物の混入」などの直接的なテロの「準備」から、「麻薬の輸出入」、「人身売買」、「マネーロンダリング」や「逃走援助」まで、277の犯罪の「準備」が対象となっています。

 

よくある誤解③ 「テロ等準備罪」など作らなくても、既にある「予備罪」などで対応できるのでは?

テロの準備が行われていたとしても、「予備罪」では十分に対応できません

「テロ等準備罪」は、277の「犯罪」があって、それを実際に「準備」することが「テロ等準備罪」です。一方で、「予備罪」はそれ自体が「犯罪」であって、「相当の危険性」がないと認められません。

具体的な事例として、過去にこんなことがありました。国家の革新を企てて、国会を急襲し占拠しようとする団体があり、計画実行のためライフル銃2挺、空気銃1挺、国防色作業服100着、作業坊100個、ヘルメット288個、防毒マスク100個、移動式無線車1台、ジープ、トラック各1台を準備し、いつでも使える状態にありました。

しかしこの段階ででも、昭和42年の最高裁の判決では、「予備罪」として認められませんでした。国家の革新という目的もはっきりしており、ここまで準備が進んだ状況であっても、それでも「相当な危険性」が認められないほど、「予備罪」のハードルは高いんです。

 

また、ハードルの高い「予備罪」すら、無いものもあります。「水道毒物混入」や「激発物破裂」などは「予備罪」が無く、いくらテロの準備が進み危険が迫っていたとしても、「既遂」となるまで、つまり実行するまでは検挙できません。こうした穴を埋めるのが、今回の「テロ等準備罪」です。

 

よくある誤解④ 対象犯罪を676から277に絞るなんて、いい加減じゃないか!

以前、「共謀罪」を議論した際には、対象犯罪は676あるといわれておりました。これは、単純に懲役4年以上の犯罪を数え上げたものです。今回、「共謀罪」とは異なる「テロ等準備罪」となったことで、公明党が中心になって、対象となる犯罪を絞り込みました。

なぜ絞り込めたかというと、それは犯罪を行う主体の違いにあります。かつての「共謀罪」では、犯罪の主体は一般的に「団体」となっていました。どんな「団体」かということは、解釈に任せることになっており、考え方に明確でない部分があったため676から絞り込むことができませんでした。ところが今回は、「組織的犯罪集団」として法文上で定義をはっきりとさせました。この明確な定義にそって、「組織的犯罪集団」が計画して進めることが現実的にあり得ないような犯罪を、676の対象犯罪から除くことができるようになりました。例えば「過失罪」のように、過失で罪を犯すのは、組織が計画して行うものではありません。こうした検討の結果、対象犯罪が676から277に減ったのです。

 

こうして、「テロ等準備罪」は、対象犯罪をできるだけ減らしました。また「合意」だけでは犯罪とはならず、実際の「準備行為」までを必要としました。これらは、刑法の「謙抑主義」といって、刑罰は最終手段であって安易に発動すべきではないという原則にのっとったものです。政府との議論の中で、公明党がこだわった「謙抑主義」が、随所に取り入れられています。

 

よくある誤解⑤ 民進党や弁護士政治連盟は、「テロ等準備罪」なんてなくても、TOC条約に加盟することは可能と言ってるよ!

民進党の方々は、条約締結のためには、「共謀罪」も「テロ等準備罪」も不要だと主張されています。これは以前からで、民主党時代、「共謀罪」を導入することなく条約に入ると公約を掲げて、政権を執られました。

しかし民主党政権の3年3か月、TOC条約加盟が喫緊の課題と認識しながら、実際は条約に加盟できませんでした。新たな法制度がなくても加盟できると言いながら、結局、民主党はできなかった。これが、国内法整備が必要だという何よりもの証拠ではないでしょうか。なぜできなかったのか、民進党はまずはその理由をはっきり説明すべきです。

 

私は、理由ははっきりしていると思います。TOC条約は、重大な犯罪を行うことの「合意」、または組織的な犯罪集団への「参加」の、どちらか一つを犯罪とするように求めています。しかし、我が国には、「合意罪」は一部しかなく、「参加罪」はありません。論理的に考えれば、条約に参加するためにはどうしても新たな法整備が必要です。

もし、別の考え方があるなら、民進党は対案を示すべきです。テロ対策が喫緊の課題だとは、民進党も認めているところです。なら、どういった法整備が必要なのか、対案を示して生産的な議論を行うべきではないでしょうか。