もうすぐ発表されるであろう「戦後70年談話」に関し、それに先立って、有識者からなる「21世紀構想懇談会」の報告書を、詳細に読み返しました。いくつか異論はあるものの、非常によくできた報告書だと思いました。
まずは、日本が先の大戦に至る過程で、何をどう間違ったのかを、はっきりと書いているところです。半周遅れで西洋列強に「追いついた」日本は、世界の大勢と逆行する行動をとりました。人類史上未曽有の犠牲をもたらした第一次世界大戦のあと、国際社会はその反省から、戦争を「違法」にしようとの動きが強まり、これ以上植民地拡大をしないとのおおまかな合意がありました。「民族自決」を尊重し、また「民主化」、「経済発展主義」などを目指すことが、世界の流れになっていました。ところが日本は、この大勢を見失い、流れに逆らう形で軍事力を行使して膨張し、多くの国に被害を与えました。また、最小限の補給も武器もなしに兵士を戦場に送り出しました。この、世界の流れを完全に見誤り、時代遅れの対外膨張政策にアクセルを踏み込んだことが、日本の近代史の大きな誤りでした。
「アジア解放」のための戦争だったという考え方も、バッサリと切っています。戦後、植民地化されていたアジア諸国の独立につながったのはあくまで結果であって、日本が国策としてアジア解放のために決断したことは、ほとんどなかったと指摘しています。
本報告書では、満州事変以降の日本の行動は、「侵略」であると明記していますが、それはいまさら議論の余地のない、当然のことだと思います。そもそも、学術界で「侵略」に意義を唱える方々は、様々な影響を考慮して、「国家自ら」が「明言すること」に抵抗があるということであって、歴史の事実を「侵略」ではなかったと断定する学者は、決して多くはありません。
もう一つ興味深かったのは、民主主義的な価値は、1945年から1952年の占領期において、米国によって「与えられたもの」ではないとしている点です。明治維新以降の普通選挙制度や大正デモクラシーを通して、1920年代にはすでに、日本国民の間で民主主義的価値観は相当程度根付いていました。しかし、1930年代に軍部や一部の政治家によって、その価値観は奪われてしまいました。その民主的価値観を、占領期において日本国民が、米国の力を借りて「取り戻した」、としているところです。
占領期は、米国が日本を「都合のよい国」に仕立て上げた時期だ、あるいは米国的な価値を「押し付けた」と期間だとする論調があります。一方で、占領期には確かに押し付けられた価値観だったかもしれないが、戦後の長い歩みの中で、その価値観が日本国民の間に「定着した」との考え方もあります。しかし、報告書では、あくまで日本が本来持っていたものを「取り戻した」と評価しており、非常に興味深い考え方でした。
また、報告書の最後のところで、「アジアとの青少年交流」を具体的施策として提言している点は、高く評価したいと思います。政府間の関係がどうあれ、未来ある青少年の交流は、どのような時代においても、絶やすことなく続けていくべきだと思います。
いよいよ「戦後70年談話」が公表されることになります。いまさら、談話も無いであろうとも思いますが、出す以上は、各方面の批判に耐えうる、未来志向の談話であるべきだと思います。